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楓厡\n128\nを兼ねて夏季休業中に実施した。関西・九州各方面から\n剣士が集まり、応援を含めると延べ人数は一〇〇〇名を\n超え、太宰府キャンパスは人があふれ熱気があった。\n入学式会場の教室棟五階の階段教室には、松島博理事\n長の筆による教育理念の四徳目「誠意・勤労・見識・気\n魄」の額を掲げて、第一回入学式を迎える準備が整っ\nた。\n二、教員時代\n一九九五(平成七)年四月一〇日、第一回の入学生\nは、一四八名の受験生の中から選考された四四名であっ\nた。式典は、松島博理事長を迎えて厳粛に執り行われ\nた。\n入学生代表は、最年長者のMさんが代表の挨拶をさ\nれ、「二〇年ぶりに一〇歳代の若い人と椅子を並べて学\nぶ事はとても緊張するし、授業についていけるか心配で\nす」と気持ちを述べられた。しかし、二年間無欠席で、\n同級生からはお母さん的存在として慕われ、成績優秀で\n卒業式でも代表の挨拶をされるほどであった。\n新入生の指導では、介護は主に高齢者対象の仕事が多\nいので、礼節を大切にし、登校下校時やすれ違った時、\n2004(平成16)年 太宰府キャンパス全景\n思い出の記\n129\n授業開始終了時の起立礼など声を出してのあいさつを励\n行した。服装は、短パン、草履、ノースリーブ、透ける\n服などを避けるようにした。「義務教育の延長で細かす\nぎる」との生徒の反応もあったが次第に浸透していっ\nた。\n国立夜須高原少年自然の家(福岡県朝倉郡筑前町)で\nの一泊研修は、介護福祉士になるという志を高めるため\nに、「理想の介護福祉士像」のテーマで、グループワー\nクをした。徹夜でのグループワークは、活発な意見を出\nして共通の目的意識ができ、それらを模造紙にまとめて\n翌日発表した。クラスの仲間意識が芽生え、私はこれま\nで看護専門学校で一三年間教鞭をとってきたが、福祉に\nついては、初めての経験で知識が乏しく不安があった。\n講義で困ったことは、私自身が福祉の現場体験がなく、\n看護体験を話すと、生徒から「私たちは介護福祉士を目\n指しており、看護師を目指していません」と指摘され、\nこれを契機に私は福祉大学へ編入し、福祉施設の現場実\n習を体験した。こうして生徒と共に私も成長していっ\nた。\n終末期介護の講義の時、Y生徒が叔母の看取りの体験\nを詳細に作文に書いてくれた。その作文を読み上げなが\nら、妹の死と重なり途中涙で読めなくなったが、生徒は\n1995(平成7)年4 月10 日 第1回入学式\n国士舘史研究年報2016 楓厡\n130\n静かに聞いていた。心に残る体験であった。\n教課外活動では、福祉施設で実施されている行事を取\nり入れた。季節行事の餅つき、七夕、ゲートボールなど\n生徒が計画・立案し、実施した。就職後、福祉の現場の\nレクリエーションで活用できるよう工夫した。餅つき\nは、生徒の体験者が少なく、近隣の高齢者の参加をお願\nいして生徒と一緒に実施した。最初は興味をしめさな\nかったが、餅米を蒸し、杵でつき、餅丸めなど作業をす\nるうちに、高齢者との話し声や笑顔が出てきた。\n七夕会では、校庭にある笹竹を切り、こよりを縒り、\n短冊を下げた。短冊には、「卒業ができますように」「彼\n女ができますように」「車の免許が取れますように」な\nどの願い事が書いてあった。\n救急法では、一次救命法及びAED使用法を実施し\nた。\n専門学校で救急訓練―今年七月非医療従事者の使\n用が可能になったAED(自動体外式除細動器)を\n使用した救急講習会が一五日、太宰府市御笠の国士\n館大学福祉専門学校で実施された。AEDとは心臓\nが何らかの原因により細かく動き始めて、体に血液\nを送り出すことができない状態になった際に、電気\nショックを与えて正常な状態に戻す機械。民間には\nまだ普及していない。講習会には生徒や教職員約\n五十人が参加。参加者は「予想以上に簡単ですね」\nと驚きながら体験していた。\n(二〇〇四・一一・一五 太宰府広報より抜粋)\n研修旅行では韓国日系婦人保護施設「慶州ナザレ園」\nを訪問した。園は終戦後韓国に残された日本人女性の一\n時避難場所であったが、後に日本人独居老人の収容施設\nになった。園内を見学すると、居室はすべて和風の個室\nで、日本の写真や置物が飾ってあった。日本の身元引受\n人がいない人、韓国国籍者や死亡扱いなど日本に帰れな\nい人が入園されていた。A生徒と私は、八〇歳代の女性\nから話を伺った。「京都出身で韓国男性と結婚するも死\n別し、独居生活が困難なため入所したが、最初は寂しく\nて日本に帰りたかった。当時は、園のそばにある高台か\nら日本列島を眺めて泣いていました。しかし、日本に一\n時帰国した人の話では、最初は歓迎してくれるが遠慮し\nながらの生活より、住み慣れたナザレ園の生活の方が楽\nしいと聞き、私は近親者がいないので日本には帰りませ\nん」と話された。園では日本の歌を歌っていると聞いた\nので、「北国の春」「故郷」をみんなで合唱すると、入所\n思い出の記\n131\n者より生徒のほうが涙ぐんでいた。帰りには、園の外ま\nで見送りに出て、いつまでも手を振ってくれた。\n翌日は、慶南専門大学校学生と通訳を交えて「福祉全\n般について」意見交換をした。その後、校庭での交流\nは、英会話や身振りで和やかな雰囲気が見られた。後\n日、国士舘大学福祉専門学校を訪問された時は、七夕飾\nりやお抹茶でおもてなしをした。韓国にはそのような文\n化はないと興味を持たれた。\n体育祭では、保護者や近隣の方が一〇〇名ぐらい参加\nされ、障害物競走やゲームなどで盛り上がり、終了後\nは、生徒が作ったカレーを一緒に食べながら「アット\nホームでいいですね」と笑顔で話が弾み、後日保護者か\nらお礼の手紙をいただいた。\nまた、実習施設の入所者を招待し、車いすゴム風船バ\nレーや車いすフォークダンスなどを一緒にすると、「楽\nしかった。また来たいです」と話された。\n学園祭のテーマは「おいでなさい」に決まり、ラジオ\n放送、西鉄大牟田線駅のポスター掲示、路上の宣伝チラ\nシの配布など広報も工夫した。全員で分担して準備し、\n時間はかかったが、近隣の方や子どもたち、保護者や知\n人など多くの方が参加され、食べ物・不用品・梅干しの\nバザー、介護体験、障がい者体験など大変な盛況であっ\nた。\n開校五周年記念は、公開講座の講師にロサンゼルス及\nびソウルオリンピック金メダリストの国士舘大学体育学\n部教授斉藤仁先生をお招きして、「金メダルへの道」を\n講演していただいた。会場は超満員で椅子を追加するほ\nどであった。斉藤先生の知名度が高く、特にご年配の方\nが多く参加され大盛況であった。先生の温和なお顔から\nは想像もできない、自分に厳しい練習を重ねてこられた\n人生を知ることができた。\n就職相談や指導は、実習施設へ求人依頼や福祉の職場\n説明会への参加など教職員が分担して行った。また、卒\n業生を招いて「福祉職場の現状」の説明会を開催した。\n求人は四~五倍ぐらいあったが、三〇歳後半から四〇\n歳台には雇用条件が厳しかった。\n就職後に職場訪問をすると、職場の一員として第一線\nで適切な介護を展開している姿は頼もしく、施設長から\nは、「勤務態度やスタッフの評判もよく信頼できる」と\nのお褒めの言葉を聞くことができた。\n三、介護実習施設の巡回指導\n介護実習施設(以後施設という)は、身体障がい者を\n国士舘史研究年報2016 楓厡\n132\n対象とした施設、身体障がい児を対象とした施設の約\n一五施設に生徒は二~四名ずつに分かれて実習に行っ\nた。施設は交通の便が悪いところが少なくなく、生徒の\n多くは自家用車での通学となったため、交通事故が心配\nであったが、一一年間で事故の報告はなかった。交通機\n関を利用すると二時間近くかかる施設もあり、実習施設\nに宿泊して実習した。\n教員は、各施設へ週二回巡回指導に行き、まず指導者\nに実習状況を聞き、生徒からは、実習内容や困ったこと\nを聞き、生徒間の情報交換や助言をする。実習でトラブ\nルがあり呼び出されることもあった。入所者の花瓶を割\nる、移動時の打撲や転倒など、特に入所者に身体的外傷\nを負わせた場合は、施設長や指導者にあいさつに行き、\n生徒が精神的に落ち込んだ場合は、学校で指導したこと\nもあった。\n生徒から「入所者がいつもと様子が違うと指導者に報\n告すると、バイタルサインのチェック(血圧・脈拍等測\n定)をし、変わりありませんと言われたが、その夜亡く\nなられた」との報告があった。生徒はショックを受けて\nいたが、翌日は実習に行っていたので安堵した。アセス\nメントの重要性や様々な貴重な体験は、これからの介護\n福祉の仕事に生きるはずである。\nケーススタデイ集\n思い出の記\n133\n巡回指導で一番多かった相談は、実習日誌が書けない\nことであった。施設の更衣室を借りて一緒に考え、電話\n相談は深夜に及ぶこともあった。\n実習の総まとめをケーススタディ(事例研究、卒業論\n文に代わるもの)として実習施設別に全員発表した。講\n評は、実習指導者や実習施設に就職した卒業生に依頼し\nた。質疑応答では活発な意見が出て、発表者が答えられ\nないときは卒業生がフォローするなど、とても有意義な\n時間を共有することができた。\n四、閉校式\n二〇〇一(平成一三)年の第七期生の頃から受験生が\n減少した。県下に介護福祉養成校が開設当時は七校で\nあったが、平成一六年には二四校(学科を含む)に増加\nし、生徒募集が困難になった。また、高校へ生徒募集に\n訪問すると介護福祉を希望する生徒が減ってきたと言わ\nれた。それは、介護福祉現場の労働待遇が悪くなり(福\n祉制度の変更や入所者の重度化による職業病)離職する\n人が増えたことも影響していた。生徒増に向けて対策会\n議を重ねてきたが、効果は上がらなかった。若者にとっ\nて福祉職場が魅力的なものでなくなり、本校のみでなく\n2007(平成19)年3 月15 日 閉校式\n国士舘史研究年報2016 楓厡\n134\n周辺の介護福祉専門学校も閉校の声が聞こえてきた。\n二〇〇七(平成一九)年三月、第一一期生の卒業式を\n最後に閉校することになった。太宰府キャンパスは、敷\n地が広かったこともあり、卒業後に母校を訪問した際の\n思い出となるよう記念樹として、実習棟横に毎年いろは\n楓(国士舘の校章)を植樹していた。閉校時には一一株\nになっていた。\n五、旧太宰府キャンパスのその後\n二〇一三(平成二五)年四月一日、太宰府キャンパス\nは太宰府市に譲渡移管され、同年七月二七日、本学及び\n太宰府市合同による除幕式が執り行われた。\n跡地には、記念碑「国士舘太宰府校地跡」と卒業生一\n同寄贈「念ずれば花ひらく」の二基が並べられ、後方に\nは国士舘校章のいろは楓が三株植樹されていた。\n除幕式には、元国士館大学福祉専門学校同窓会役員に\n声掛けをすると一〇名が出席してくれた。卒業生と近況\nや専門学校時代の思い出話をしながら当時を懐かしん\nだ。\n「記念樹は元気に育っていますか」と誰かの声が聞こ\nえた。また、専門学校で培った思いを語ってくれた卒業\n卒業記念樹\n思い出の記\n135\n生もいた。「現場で働いてみて理想と現実の違いに挫折\nしそうになった時、同級生の声を聴くと勇気と活力が湧\nいてきた」「施設実習で、授業とのギャップを強く感\nじ、様々な人生を歩んできた高齢者を介護するのだから\n介護の勉強に終わりはないと思った」などなど…。\nその他、研修旅行、学園祭(おいでなさい)及び体育\n祭などの行事についても、一つ一つが生徒の手作りで、\n遅くまで意見を出し合って作り上げたことが大切な思い\n出となっているようであった。\n二〇一六(平成二八)年六月二〇日、旧太宰府キャン\nパスを訪れた。国士舘大学の名称を外された門を入る\nと、旧教室棟の外観は耐震補強がなされ、クリーム色に\n塗装されていた。玄関へ入ると、受付があり、応接テー\nブルとソファーは、私が就職した初日に座ったもので感\n慨深かった。旧食堂のテーブル・椅子は当時のままで\nあった。\n二階の旧教室は、施設課・上下水道課になっていた。\n三階は、校区自治協議会等の会議室、事務室になってい\nた。四階の旧図書館は倉庫、五階の階段教室は、当時の\nままであった。舞台には、演台と花台が並べられ、「寄\n贈平成九年三月一八日 国士舘大学福祉専門学校第一期\n卒業生一同」の名称が刻まれ、当時のままであった。式\n記念碑「国士舘太宰府校地跡」と卒業生一同寄贈「念ずれば花ひらく」\n(国士舘大宰府キャンパス跡地)\n国士舘史研究年報2016 楓厡\n136\n典(入学式・卒業式)を一一回繰り返し、全員で国士舘\n舘歌を手話で唱和したことを想い出し、懐かしかった。\n手話による舘歌は、専門学校の特色でもあった。\n旧実習棟の介護実習室、入浴実習室、調理実習室は、\n太宰府市公文書館の事務室及び資料室に改装されてい\nた。校舎からグラウンドへ続く道の両側にあった桜の樹\nは一段と大きくなっており、グラウンドは整地され運動\n公園になっていた。体育館は、当時のままであったが、\n外壁は一部剥げていた。\n卒業記念樹は、一一株が九株になっていた。記念樹の\n前には手作りの木製表札を建てていたが、見当たらな\nかった。しかし、九株の記念樹は大木に成長しており、\n嬉しかった。卒業生が訪れるのを待っているかのようで\nある。第一期生から第一一期生までの様々な思い出が走\n馬灯のように甦ってきた。\n五階階段教室と第1 期生寄贈の演台と花台"}]}, "item_10004_version_type_20": {"attribute_name": "著者版フラグ", "attribute_value_mlt": [{"subitem_version_resource": "http://purl.org/coar/version/c_970fb48d4fbd8a85", "subitem_version_type": "VoR"}]}, "item_creator": {"attribute_name": "著者", "attribute_type": "creator", "attribute_value_mlt": [{"creatorNames": [{"creatorName": "江崎, 澄子"}], "nameIdentifiers": [{"nameIdentifier": "18624", "nameIdentifierScheme": "WEKO"}]}]}, "item_files": {"attribute_name": "ファイル情報", "attribute_type": 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名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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本文 (2.3 MB)
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Item type | 一般雑誌記事 / Article(1) | |||||
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公開日 | 2017-05-27 | |||||
タイトル | ||||||
タイトル | 思い出の記 | |||||
言語 | ||||||
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資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||
資源タイプ | article | |||||
見出し | ||||||
大見出し | 国士舘の思い出 | |||||
言語 | ja | |||||
著者 |
江崎, 澄子
× 江崎, 澄子 |
|||||
関係者 | ||||||
姓名 | 国士舘百年史編纂委員会専門委員会 | |||||
姓名 | コクシカンヒャクネンシヘンサンイインカイセンモンイインカイ | |||||
言語 | ja-Kana | |||||
関係者 | ||||||
姓名 | 国士舘史資料室 | |||||
姓名 | コクシカンシシリョウシツ | |||||
言語 | ja-Kana | |||||
著作関係者詳細 | ||||||
元国士舘大学福祉専門学校助教授 | ||||||
書誌情報 |
楓厡 : 国士舘史研究年報 巻 8, p. 127-136, 発行日 2017-03-10 |
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出版者 | ||||||
出版者 | 国士舘 | |||||
ISSN | ||||||
収録物識別子タイプ | ISSN | |||||
収録物識別子 | 1884-9334 | |||||
NCID | ||||||
収録物識別子タイプ | NCID | |||||
収録物識別子 | AA12479001 | |||||
論文ID(NAID) | ||||||
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主題 | 377.2136 | |||||
NDC | ||||||
主題Scheme | NDC | |||||
主題 | 901.4 | |||||
所蔵情報 | ||||||
識別子タイプ | URI | |||||
関連識別子 | https://www.kokushikan.ac.jp/research/archive/publication/annual/file/vol8.pdf | |||||
関連名称 | 楓厡:国士舘史研究年報 第8号(2016) | |||||
フォーマット | ||||||
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内容記述 | application/pdf | |||||
著者版フラグ | ||||||
出版タイプ | VoR | |||||
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